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執筆者の写真Ryusaku Chijiwa

ジャガーさん、故郷に還る。

2021年10月6日


ジャガーさんがジャガー星へお帰りになられたとのニュース。千葉のローカルヒーローからマツコ・デラックスのテレビ番組で取り上げられて以来一躍全国区になったと紹介されてはいるが、1980年代からすでにその名は知られていた。自分は神奈川県在住だったので、チバテレビを本拠地としてテレビ神奈川、テレビ埼玉で1985年から放送がスタートした「ハロー・ジャガー」(ジャガーさんが自ら放送枠を買ってオンエアした5分間のプロモーション番組)やライブ告知CM(神奈川では西センター公会堂)によってその存在を知ると同時にジャガーさんのカルト的な知名度はじわじわと広がっていった。知名度の向上に特に貢献したのは雑誌「宝島」であったと思う。完全にキワモノ的な扱いではあったがその後のキャラクター形成には大いに寄与したであろうし、のちに彼を広く紹介していくことになるみうらじゅん氏との邂逅も果たした。高校3年生だった自分は87年放送開始のテレビ朝日系の子供向け帯番組「パオパオチャンネル」のコーナー「出前ジャガー」を毎週録画していたし(笑)、その流れで河崎実監督(これもまたカルト映画監督)のオリジナルビデオへの顔出しがあったりと、誰もがそのキャラクターを面白がっていた・・・そう、正直、楽曲はちっとも聴いていなかった(ジャガーさんごめんなさい)。自分が今も持っている宝島増刊のムック「VOW MEGA-MIX!!?」(88年)のインタビューでは編集部の文責もあるがキャラの設定もすっかり確立している。もはやジャガーさんはジャガーさんという一ジャンルなのであって、唯一無二の存在。ここ数年またブレイクしている様子も微笑ましく、「ジャガーさん元気だなあ」と嬉しく思っていた。突然の一報には驚いたけれど、やりたいことをやり通した地球での暮らしを終え、ジャガー星への帰還を果たすジャガーさんは永遠なのだなということを再認識して、やっぱりハッピーな気分になった。ありがとう、また会う日まで!


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